変化を生きる

変化を生きる

仏教には不変のものはないという考え方があります。諸行無常というそうですが仏教の基本概念のひとつに入っています。

そうです。変わらないものはありません。この世の中に一つとしてないでしょう。

私たちもそうです。

生まれた時から死に向かって歩き出したと言っても過言ではありません。

永遠の命はなく永遠に続くものは何一つとしてないのです。

だから仏教では変わらないことを願ったり変わることを嫌ったりすることを執着と呼んで禁じています。これが苦の根源だという考え方なのです。

考えてみればそうです。自分が慣れ親しんだ環境が変わってほしくないと思うのは人間の本能でしょう。

だから変化というのが人間にとってチャレンジであり人生の中で節目を迎える時に困難に出会います。

それは人間関係や環境が変わることに伴って起こる適応の中で起こる困難なのです。

セラピーではこれを人生の転機の出来事と呼んでこの時期にバランスを崩した人たちがセラピーに行くことになったりします。

変化には色々あるでしょう。

例えば、死です。両親や身近な人。パートナー。またはペット。それらは私たちの生活に様々なインパクトを与えます。

直接自分に関係のない死でもそれによって自分の生活や大切な人の事を反映して難しい気持ちになったりします。

分かりやすい例で言えば9.11などをきっかけに様々な人たちが様々な事を考えたりします。

不安におちいりニューヨークから越してしまおうと考える人。これを機会に自分は何かしなければと軍隊に入って国のために尽くそうとする人たち。はたまた明日をも知れない命ならやりたい事をやろうと積極的になる人たち。

例えば結婚。これも変化です。結婚することによってライフスタイルが変わりそれに伴ってのチャレンジも起こるかもしれません。

あんなに愛していたのに一緒に暮らしてみるとそれは生活の一部だと感じたり。パートナーの存在に慣れる事を恐れる人もいます。なくしたくないと思うんですね。

同じ出来事を経験しても全くリアクションが違う場合もあります。

例えば失恋してもサバサバして良かった、これで自分は自由になれた、と思う人。もう生きていられないほど傷つき一生誰とも付き合わないで暮らしていくことを決心する人。

人の感情や心ほど秘密めいて複雑なことはないと思います。100人いたら100通りの反応があり様々な思いがあります。

さらに脳は複雑です。私たちの脳は私たちが覚えていることを自覚していない事も実は覚えています。

これは本当なのです。私たちの脳には全ての記憶が全て保存されているのだそうです。

もちろん意識のレベルで思い出せるのはその中の氷山の一角ですね。もちろんです。

そしてそれは脳の活動レベルが普通は5%程度と低いのが問題なのです。5%程度の脳の使用量であればたくさん脳に保存されている記憶を引き出して来られないのは当たり前と言わなくてはなりません。

しかしながら記憶は不意に引き出されたりします。これも脳のなせる技です。

不用意に引き出される断片的な記憶の破片によって気分は変わってきたりします。

ハッピーなことを聞いても沈んだ気分になったり最悪の事を聞いても逆に自分は強く生きようと思ったり様々な想いが巡るのもこんな脳の仕組みが関係しているかもしれません。

変化は避けられません。仏教にもそうあります。この世に不変はないのですから。

強く生きたりしっかりとした自分を持ちたいと思うなら変化に適応する。変化の中で良いことを考えて生きる。

そんな事がヒントなのかもしれません。

そうなればいかに考え方が柔軟で前向きかがやはり強く生きるヒントではないでしょうか。

皆さんも自分を変えてみませんか。変化を避けるのではなく変化とともに生きるそんな生き方を学べればきっと幸せに暮らせます。

素晴らしい一日を!!