”ラインを超えることは…✨”

こんにちは!

もちろん人の助言を聞くことはとても良い事だと認めます。しかしながら他人の言う事を聞いて自分の中に取り入れるというのは言い方を変えれば自分よりも他人の方が正しいという考え方につながります。

私自身の文化の背景から言って目上の人の言う事を聞く、自分以外の人たちがいつも正しいという考え方は常にありました。

日本の文化は仏教に基づいています。仏教の基本理念はこの世に送られてきた時点で前世で失敗した、だからまたこの世に送り込まれてきたという考え方です。

もちろん日本人が皆その基本理念をいつも意識しているとは思いません。しかしながら考え方の根底に根ざす理念、文化的背景がいかに私たちの日常の考え方に影響しているかはミシガン大学の修士課程の時に学びました。

特に信心深いとか宗教心が強いなどの傾向は必要ではありません。宗教のバックグラウンドは自然に私たちの考え方の根底に方向性や標準性を与えているのはどうしても否めないのです。

仏教の基本理念ではこの世に送られてきたのはもう一度この世で修行をし今度こそ徳を積んで来世ではこの世に戻ってこなくても良いようにしようというのがあります。

だからこの世に生きること自体が修行なのです。修行は楽しいものであってはならない、そんな考え方もあります。辛いことや苦労が良いことである、それもこの理念の中に入っていると思います。

私の幼い頃の個人的な経験から言えば物事を楽しむというものは少なく、周りの人に迷惑をかけないように失敗しないようにするというのがありました。

母親にはいつも先生の言うことを聞きなさい、他の大人の言うことを聞きなさい、そして人に迷惑をかけてはいけないと言われていました。

アメリカに来てから楽しんでくださいね、とよく言われますが小さい時に楽しんできなさいと言われたことは皆無だと記憶しています。

この辺がアジア人というのは西洋人よりも物事に対してとても真剣であるという理由かもしれません。ジョークや軽い感じはあまり良くないとされる文化でもありますね。

もちろん今はグローバルの時代。色々な事がクローバルになり人々の考え方も変わってきていますからそれはとても良いことですね。

 

さて、この他人へのたしなめや口出しの話です。他人の言うことを聞くのか聞かないのかの話ですね。

もちろん小さい時は危険を避けるためにもこれをしてはいけない、これをしなさい。色々なことを言われそのタスクをこなしていくのが社会への適応の過程なのです。

しかしながら他人の言うことが正しいからよく話を聞くという固定観念、標準は時に自分の創造性や自主性を損ねることにもなりかねないという事も承知するべきだと思います。

反射的に他人は正しいと思って過ごした幼少時代。それがプラスになっていない場合も多々あると最近は感じています。

例えば自分の考え方が他人と違う場合。自分が標準ではない場合。それだけではなく自分の成功を信じて進むとき。それが何歳であっても自分のやっていることが何であってもその成功を信じて進めるかです。

極端な例をあげればあなたがスティーブジョブズであったら他人の言うことを聞くことが良い事とは言えないのは事実なのです。

頭の良さや創造性そんな自分のクオリティが他の人よりも優れている場合。型にはめたり限界を作ることはマイナスになると言わざるをえません。

ジョブズに他の人と同じように考えろというのは実は無理な話だと言わねばなりません。

最初から標準でないのなら標準な考え方を学んだり押し付けられたりすることはマイナスなのですから。

そして先日のコラムにも書きましたがそれでも人間は標準になろうと思う生き物なのです。他の人と同じになろうと。

特別であったり人と違っていることが良いことではないという考え方は根底にあると思います。変わった人である、変な人である、それを楽しむというより近寄らないという考え方の方が多いと思います。

それでも普通ではないのに普通になれというのは無理と言わねばなりません。そして個性の強い子供は自分が他人と違うことを両親は受け入れてないと感じたりします。

もう一つの重要な点は他人があなたに助言する理由です。あなたのためを思って。それをよく言います。でも本当でしょうか。扱いやすい人間にする、それも先生や指導者にはあるでしょう。

言う事を聞く子供に育てるのです。それは子供のためではなく先生や指導者のためと言えます。それでも君のために言ってあげているのだ、となるのです。

そして次にはとどのつまりは世の中に適応しやすい人間にしてあげようというのです。考え方が違うと和を乱すし違和感は団体には良くありません。指導する側にも邪魔ですし、それだけでなく子供も適応した方がうまくやっていけるという考え方もあります。

でもそれが創造性の限界を作ることにももちろんなるのです。標準な人間になれるように助言をしてあげる。もしかしたらそれは全くありがた迷惑なのです。

子供の創造性や自主性を認めてあげる。そしてそれを育ててあげる。馴染めよ、合わせろだけでなく違うこと、個性の尊重です。才能を開かせることなのです。

私たちは誰でも個性を持っています。それを伸ばしてあげられる。それが子供に必要なことであり大人の間でも違う考え方を持った人を認めてあげる。

それが私たちの社会の前進や改善につながるのです。

素晴らしい1日を!!