日本の文化と人間関係

こんにちは!

 

日本人の患者さんの中で一番よく聞くのが対人関係の悩みです。日本では対人関係がとても重要ですからね。

 

ずっと前に聞いた事がありますが日本のコンビニでの接客のマニュアルです。

 

たとえ毎日来るお客様であっても個人的に声をかけてはならない。いらっしゃいませ、ありがとうございました、などの客と店員の枠を決して出ないというマニュアルの事です。

 

どうしてかというともしその枠を超えてしまうとその客はもうそのコンビニに来なくなるからだそうですね。

 

 

理由は言わずと知れた一旦少しでも個人的な会話を持ってしまったらその客はその店員に気を使わなくてはいけなくなります。

 

今まで素のままで良かったのがそうではなくなるので面倒くさくなり来なくなるという理論です。きっと日本人なら分かると思いますがどうでしょう。

 

それだけ日本の文化にとって人に気を使う事は必須なのです。自分勝手であったり人の目を気にしないという事が出来にくい文化なのです。

 

 

日本の文化では自分が中心ではありません。自分の事を自分勝手だと思うような人でも結局は人の目を気にしています。

 

これは有名な黒澤映画、七人の侍などにも描かれている農民根性なのかも知れません。個人的に狩をしながら移動して生きる民族ではなく、同じところにとどまって周りとともに畑を耕す民族は移動もしません。

 

そうなるとやはり同じ環境の中で同じ人たちと上手くやっていかなくてはいけないとなるわけです。

 

その中では評判は大変重要です。このような人間関係の中では人にどう思われているか気にする必要があるのです。

 

 

現代社会では人間関係に疲れたら休暇に行くとなりますがそこでも休暇を取るのに気を使います。休暇に行っていても人に迷惑をかけている罪悪感にかられたりしたら休暇にも曇りが出るでしょう。

 

そんな人間関係のストレスが募るとどうなるかと言うと、人間の真っ只中にいて人間との接触を避けるようになります。マンハッタンを歩いていても死角はあると思いますが東京を歩いていて死角があると感じた事はありません。

 

なので人間との接触を避けたり死角を見つけるのはとても困難と言えるでしょう。

 

 

会社の人間関係に疲れて会社に行きたくないと思ってもそんな事は許されません。そして嫌と思いながら毎日続けていく事となります。

 

すると無理が募って身体が文字通り身体を張って止めようとします。するとそれが体調不良という形で出たりします。

 

会社に、学校に行こうとすると症状を発する、腹痛や頭痛。そして果てにはパニック障害などです。

 

あなたの心は具合が悪くなればスローダウンする、または出来るかも知れないと潜在意識では分かっているのですから。

 

 

全く人間関係に関わりたくないとなると引きこもりや登校拒否などの症状を起こす事となるでしょう。

 

それ以外に社会との接触を断つ方法はありませんから。

 

 

どうしてそんなに人間関係が厄介なのでしょう。

 

言い方を変えれば自分が何者であるかを人の判断に委ねている形に原因がある、となります。自分が何者であるかを誰か人に決めさせている事に原因があります。

 

そうすると人からの誤解を恐れる事となるでしょう。どうすれば誤解されないかそれも気になると思います。

 

私に言わせればどんな風に振舞っても誤解する人は誤解する、と思いますがそうではないのです。たとえたった一人の人に誤解される事さえもが気になります。

 

 

裏を返せばこれは自分がどんな人間であるか自分でも本当のところは分かっていない事となります。例えば意識上は自分は良い人間であると思っていても本心はそうでもないかも知れません。

 

本当に自分が良い人間であるという絶対的な確信があるなら人の言う事をそれほど気にする必要はないのです。

 

この考え方を発展させて行くと自信につながります。

 

絶対的な自分自身の良いイメージ、そして自分に対する快適さが自信の元であり自信そのものなのです。

 

 

幼い頃から人の目を気にしたり人の気にいるように生きるように躾けられる私たち。誰かに不快な思いをさせたらそれは良くない事である。

 

自分の正しさを主張するよりも皆んなの和を優先させる。そんな事が重要とされています。それはそれで良いのです。

 

でも誰かのために自分を犠牲にしたり自分をのびのびと主張できない事は自信や自主性を損ないます。

 

あなたがどんな風に気を使ってもどんな風に振舞ってもそれに対して相手がどう思うか、ましてはあなたを好きであるかどうかは完全に向こう次第なのです。

 

 

人の好き嫌いなどは本当に個人的な理由です。向こうが理不尽な理由で自分を嫌いならばどうすることもできません。

 

その場合、誰があなたの事をどう思うかを気にしないしか道はありませんがそれがとても困難な場合もあるでしょう。

 

それは育った環境です。自分がどう思うか、好きか嫌いかで判断を下さない文化で育ったためです。

 

嫌な事をしたり理不尽な思いをしても和を優先させるのはあなたの心には本当に辛い事なのです。

 

そんな心を癒しませんか。人生を変える事はいつでも可能です。お手伝いします。

 

 

素晴らしい1日を!!