こんにちは!

2017年に日本で出版した「成功の法則ー幸せになるには」(文芸社)と言う本ですがこれがこの度英語に翻訳されアメリカで出版される事になりました。

翻訳の作業は大変で日本語版の時もそうだったんですが母国語である日本語で自分で書いた本であるのに関わらず編集が入ると本当に素晴らしい出来となり一体誰が書いたんでしょうと思うんですね。

でもゴーストライターはいないので私が書いた事に間違いないのです。この現象は新聞などに記事が出たりする時にも似ています。

写真も入り私にまつわるストーリーなどを書いていただくのですがそれが新聞に出ると本当に素晴らしい出来となっており誰なんでしょうか、と思うのですが自分なわけです。

本を出版するという事は夢だったとか目標だったとかは全然なく本当に偶然という感じで実現したというのが一番適当な表現です。

自分に本が書ける事も知らずに書き始めたら書けてしまい、なんのツテもないのに出版までこぎつけたというこれもまた奇妙な話なのですが多分偶然というものはこの世になく全て必然であったんだろうと思うのです。

だから自分に何が出来るのか。能力の限界や可能性というのは本当に計り知れないもので全て自分で決めるものだと思うのです。

例えば私の場合、どこかの誰かが本が書けるはずだから書いてみたら、などという訳がないのです。全く本を書いた事も夢でもなければ赤の他人が書く事を勧める訳がないですよね。

だから自分の本能というか直感に従って決断し物事を進めていくことは本当に重要だと思います。

自分を信じる事、自分の才能を開花させる事は本当に重要だと思います。そしてそれを止めさせているのは私たちや社会自身だとも思います。

私たちは生まれてから育っていく段階で、そして学校をはじめとする社会の中で確実に画一化されて行きます。

教育が大切だと言いますが皆と同じ事をしようとか何年生ならここまで出来るはずですとか、協調性を持たせるとかとにかく画一化しようとさせるのです。

親もそうです。子供が何とか社会の規格からはみ出さないように気をつけています。真っ当な人生を歩んで欲しいとか安定を第一に考えるとか。

私たちが自分の可能性の追求からはほど遠いところにいるのは残念ながら真実ですね。

ここまで生きてきてそして自分の子供の事を見ていてもその事実は明確になるばかりです。

学校で文法や公式を学ぶのは必要な事だし素晴らしいと思いますが点数でどの程度のところにいるのか知らしめたり常識を押し付けたりする事は子供の創造性や個性を必ずしも育てないと痛感するこの頃です。

私の場合文章を書くのは好きでした。小学校での作文なども難なく書けた方だと思います。しかしながら文章を書くのが上手いから作家になったらとか将来作家になると素晴らしいとか言われた事は全くありませんでした。

才能がそれほど特出していなかったのかとも思いますが多分そうではないと思います。私の記憶では文章が上手いから作家になったらと言われている子供は一人もいなかったですから。

絵が上手い子が一人いて先生が興味を示していたのは覚えていますがだからと言ってそれで人生が変わったとかではないのです。

学校の成績の話は本当に盛んでした。結局のところ成績以外は人に迷惑をかけないとか人気があるとかないとかそんな事しか話題にならなかったような気がします。

絵や文章ではお金にならないからそれを勧めたりスポットライトを当てたりする事がなかったのかも知れません。

それは本当に残念な事ですがそれが常識というか標準なのは否めません。

人生とはどこでどう変わるか分からないものです。あの時こうしていたら今の私はなかったというような事は本当にあるのですよね。

ふとしたきっかけで本を書き始めて私。書かなかった可能性は本当に多大です。

だから思うのです。自分の本能や直感に従ってやりたい事を恐れないでやる事は本当に重要です。

作文が多少得意だったからと言って将来本を書くなんていう事は誰も考えません。だけど私のようにそれが現実となるとするとやはり何でも挑戦するべきだと言わざるを得ません。

私の場合は実は日本語の本も全くコネもなく書き始めたら書けてしまいそして異例の速さで出版に至ったという感じなのですが。

もちろん何度も書いたように書き始めたらまだ出版どころか何も決まってないのに本の表紙が見え始めて。これを専門用語でポジティブ・ビジュアリゼーションというそうですが。

脳がする事で実現する事を強く信じるとそのシーンが映像となって頭に浮かんでしまうと言うような事だそうです。

しかしながら意識の中では私は本の出版の事を真剣に考えていた感覚はありませんでした。多分、潜在意識の中で本の出版を信じていたからそれが映像となって私に本の表紙のビジュアルを見せたのだと思います。

そこで思うのです。潜在意識で何かを信じるってそれって実は運命的と言うか宿命的な事ではないかと。

以前にも書きましたが意識の中でこうしたいとかこうしようと思うのは実は効果がないと思います。

意識というのは脳の5%しか使っていない状態ですから。しかもこうなりたい、と強く思えば思うほどそれを持っていないそうではない、という事の認識となります。

具現化と言うのは信じる事が向こうからやってくるというかある日突然かなうというような事です。

「欲しい」と思うと「それを持っていない」事が強調されます。強く心にあるもの、描くものが実現するのが具現化ですから持っていない事が具現化するのです。

それよりも「そこにある」「あって当然」というような感覚だと思います。するとある日突然そこにあった事に気がつくみたいな感じですね。

この具現化は日常いつも起こっています。そうです。今あなたの置かれている立場、それはあなたが過去に描いたあなたの将来の具現化なのです。

それが良くない状態であればきっとこうなったらどうしよう、と思う恐怖や不安がこの現実を具現化させたのでしょう。

という事は具現化とはいつも心にあるものが形になる事です。なら恐怖や不安を完全に払拭して前向きに生きる事がコツです。

でないと前向きな事は具現化しません。前向きでないと前向きな事は具現化しない、分かりやすいですね。

結局は恐怖や不安を手放す事が前向きの具現化のコツなのです。難しい状況に立たされれば立たされるほど前向きな具現化は難しくなります。

難しい状況にいれば不安や恐怖は普通ですからね。

具現化は簡単なのです。しかしながら前向きな事の具現化は簡単でないと言えましょう。

催眠療法は潜在意識を使った療法で前向きな具現化のお手伝いをします。是非ご連絡ください!スカイプセッションも受け付けています!

素晴らしい1日を!!