こんにちは!

今日はニューヨークは21度で久しぶりに生足が心地良い陽気でした。毎日たくさんの事が起こり毎日学びの日々です。

さて、コロナウイルスの事ですが患者さんたちの中には本当に不安になる方たちがいらっしゃいます。ニューヨークでも患者が出てそのうちに学校も休校になるだろうと言う勢いです。

ものすごく怖い病気でもないように思いますが本当にメディアが騒ぎ立てるおかげで大騒ぎになっていますね。

よく聞かれるのです。心配ではないのかと。皆さんはどうですか。元夫にも心配か聞かれました。でも答えはシンプルにノーです。

そうすると彼はでも子供たちには手を洗うことを勧めているかと聞かれたのでそれにはもちろんだ、と答えました。もちろんです。楽観的な事と無謀な事は全然違う事なのですよね。

実は私はコロナウイルスの事はあまり知らないのですがかかる確率はきっとすごく低い事でしょう。宝くじに当たるくらいの確率でしょうか。

その宝くじにもよりますがそんなような確率だと思いますが。宝くじに当たったら何を買おうかと真剣に考えている人には出くわしません。しかしながらコロナにかかるのではないかと思っている人はたくさんいます。

それっておかしいと思いませんか。同じような確率なのにコロナにはかかりそうな気がするのに宝くじには絶対に当たらないと思うって。

もう気がついたかも知れませんがとっても良い事が自分に起こると思っている人は少ないのに悪い事が自分に起こると思う人たちは多いわけです。

パナソニックの創始者の松下幸之助氏は社員を採用する時に必ず自分は幸運だと思うかどうかと言う質問を入れていたと言います。

そして幸運だ、と答えた人だけを採用したそうですよ。皆さんはどうですか。自分は幸運だと思いますか。

松下幸之助氏はもちろん自分の事を幸運だと思っていたそうです。しかもその理由が一度川に落ちて溺れそうになったのだけれどその時が夏だったので寒さで死ぬと言う事もなかったし、命が助かったからだそうですね。

川に落ちた経験を持っていればそれのせいで幸運だと思うのはおかしいと世間は言うでしょうね。でもやっぱり大事にはならなかったのだからとても幸運だと私は思います。

ではどうして良い事が起こると思う人の方が悪い事が起こると思う人よりも圧倒的に少ないのでしょうか。

これは俗に言うポジティブシンキングというやつですよね。良い事が起こると思えると言うのは。ではポジティブな人よりもネガティブな人が圧倒的に多いと言うことになります。

実は人間の脳とは良いことよりも悪いことの方を覚えているように出来ています。それは例の防衛本能というものです。

生き物にとって死ぬという事が一番良くない事なわけですね。自分のDNAを子孫に伝えていく事が生き物の宿命ですからその使命を果たすためには死んではいけないわけです。

死ぬ確率を下げるためにこの防衛本能はあります。例えば私のところに恐怖を消してもらいたいという人が来る事があります。

恐怖を消す事は出来ません。それは防衛本能の最たるものです。恐怖がなければどんな危険も顧みずすぐに死ぬことになるでしょう。

生き物として死ぬ事はいけない事なので死なないように恐怖という自然な感情が存在するわけです。だから恐怖を消す事は無理です。

しかしながら恐怖をずっと持ち続けるとそれは身体にも心にも良くありません。その場合は催眠療法がお手伝いできます。でも恐怖という本能の感情は消す事は出来ないのです。

この防衛本能が死んではいけない、というこの生きる使命が私たちに痛みや恐怖やネガティブな事を強く覚えさせるのです。

楽しい事を覚えているのは素晴らしいですがそれは死を避けるという防衛本能から比べればとても優先順位の低い感情と言えるでしょうね。

脳はとても優秀なので夜道で虎に襲われるような事があればもう2度と夜道を歩く事はないかも知れません。

死にそうになった恐怖というのはそう簡単に忘れないのです。それはもちろん防衛本能のせいです。一度死にそうになれば2度とそんな事がないようにその恐怖をそれは強く強く心に刻むのです。

死、だけではありません。心の痛みもですね。裏切られたり失恋したり騙されたり。そんな事があると2度と人など信じるものか、2度と恋などするものか、となったりします。

それも心の痛みを2度と味わいたくないという一心から来ているのです。

考えてみれば人生に良い事も悪い事も同じような比率で起こっているはずです。もし実際に50%づつの比率だとしても悪いことの方をずっと強く記憶に留めるのが脳ですから悪いことの方がずっと多いと思うのが自然です。

なので日常的にポジティブに生きる事は実は私たちの本能への挑戦のようなものかも知れませんね。

さてコロナウイルスに戻ります。ドクターのところに行けばマスクを勧められるし、ネイルサロンに行けばガラガラです。そして先日、ウーバーに乗った時に客足はどうかと聞くとあまり影響はないという事です。

この騒ぎで電車に乗るのを避ける人たちもいるのだそうです。なんでまたこんなに大騒ぎしているかという話になって。私は言いました。

例えばコロナにかかったらそれはそれで滅多にない経験ではないかと。友達には「実はコロナにかかっちゃったんだよねー」と言えばドン引きされるでしょうね。

でもそこで「でもそんな大した事なかったし」とか言えば、とか。とにかく色々なジョークを言って笑っていたのでした。

そんな無謀な、とか思いますか。

でもコロナにかかるかどうかなどという事は本当にわかりません。ちまたで言われている引き寄せの法則的に言えばかからないと思っていればかからないと言うことになりますが私は引き寄せの法則はそんなものではないと思っています。

コロナにかかるもかからないもそんな事には全くコントロールはないわけです。それだけでなく仕事が上手くいくかとか結婚できるかとかそんな事も全てです。

世の中で起こる事の全てに実はそれを制御(コントロール)する力は私たちにはありません。

コントロールする事ができると言うのは実は幻想です。多分世の中が便利になったりするとコントロールできる事が多くなるのでそれで誤解するのでしょう。

昔はリモコンもなかったし、冷房も暖房もなかったので我慢するしかありませんでした。でも便利になるとコントロールできる事が多くなりなんでもコントロールできると勘違いするわけですね。

世の中が便利になるのに例えば人の心は操れないと知る機会があります。どうしても好かれたい人に好かれないとか。

情報がたくさんあればどうすれば好かれるかも知る事が出来るでしょうし。するとストーカーだとか嫉妬に狂うとか欲しいものを手に入れられない事を受け入れられない人が増えてきたりします。

リモコンを押せばテレビはつくのに彼は振り向かないとか。金持ちになりたいのになれないとか。どうしてきれいに生まれなかったのかとか。

しかしながらコントロールできると勘違いしたのが間違いであって人生に起こるほとんどの事はコントロールできないのです。

それなのにものごとが上手くいかないとストレスが溜まってきます。だからもともとコントロールできないと言う事実を認識する事は本当に重要です。

コントロールできない、ものごとが上手くいかない事を受け入れるなんて出来ないと思う方たちは多いかも知れません。

でもコントロールできないのは普通だし、ものごとが上手くいかない事も多々あります。

でもそれを嫌だ、と思うかどうかはあなた次第です。

さっきの松下幸之助氏の話に似ています。自分を幸運と思うのは自分次第です。川で溺れた事が幸運だっと言う人もいるのですから。

ものごとが自分の思い通りにいかない事には理由があります。それはただ一つ、学びです。それによって学ぶ事があるなら人生は回り道をするのですから。

大変な失敗をしてしまった。離婚した。失恋した。全てはネガティブな事ですか。思い通りにいかないから悪い事なのでしょうか。

失敗は悪い、離婚は悪い、失恋は悪いと決めたのは誰でしょう。そしてその世間的な考えに沿って自分には良い事が起こらないと思うのはあなたです。

でもこの失敗は学びのためだ、離婚して本当に良かった、あの時失恋したから本当の愛に出会えた、と信じられるのはあなたです。

私なりに言えば人生に起こる事で無駄な事などありません。世間的に見たら良い事や悪い事はあるでしょうがそれを全て良い事ととるのは個人の自由です。そしてそれは私には真実です。

それだけではありません。コントロールできないのであればコントロールしようと思う心を捨てるべきです。

できない事をしよう、とは無駄だし、しかもそれによってストレスを受けるならなおさらです。

それをコントロールの手放しと言います。全面降伏という事です。犬であれば1番の弱点であるお腹を見せている状態です。

でも1番の弱点をさらけ出せるのは実は信頼があるからです。信頼があるからこそできる事なのです。犬がお腹を見せるは信頼している相手か絶対に勝てない相手に対した時です。勝てないのなら立ち向かっても無駄だからです。運命を天に任せる本能の技ですね。

コントロールを手放し全面降伏できる人たちは自分の人生、そしてそれを動かしている宇宙に対して絶対の信頼を持っている人たちです。自分がひどい目に合うと思っていれば誰かに舵取りを任せることなど出来ませんから。

別の言い方をすれば自分の運命を信じている人たちです。何が起きても自分は大丈夫だと思っているのですね。

不都合な事が起こってもそれは学びだと思っているからです。そして学びを受け入れて本当に学べばもちろん人間として向上します。それが宇宙が私たちにしてもらいたいと思っていることです。

コロナの話題に戻れば自分は幸運だからコロナにはかからないと思う事ではありません。コロナにかかる事があるのならそれは大きな学びの機会だと思えると言う事です。

コロナにかかるのが悪い事だと決めるのは世間であり、あなたがそう決めればそれは真実ですからそれは恐ろしいと思うでしょう。

これをコロナではなく失敗や離婚や失恋に置き換えても同じなのです。

自分に起こる事は全て必然であり必要だったからです。学びの機会ですからそれを嫌だと思ったりそれから逃げたりするときっとまた同じ学びの機会がすぐにやってくる事でしょう。

自分の人生に起こる事はそれが何であってもエンジョイしてくださいね。きっとそれは良い事ですから! 幸運を祈ります!

素晴らしい1日を!