こんにちは!

さてパート2です。パート1を読んでいない方は読むのをお勧めします。書いていると長くなってしまい2つに分ける事にしました。

愛に敏感だとすごく都合が良いと言う話でした。微量の愛を感じるとすぐに化学反応を起こし幸せになれるなら本当に良い人生だと言えるからです。

そして愛を求めるのは私たちに備わった本能だと言う事です。

幸せと愛に成功はもちろん関係ありますね。「成功」が幸せをもたらすと信じる人は多いです。

この場合の「成功」とは有名になったり金持ちになる事を普通は指します。でも何のために成功したいのでしょうか。

お金を得て両親に楽をさせてあげたい、もっと言えば両親にお前を生んで本当に良かった、と言ってもらいたい。

そんな事は両親からの了承や認識として心理学では広く知られています。世間に認められたり「成功」したい理由がそこにあるだとか。

子供にベストな人生を提供したい。それもあるでしょう。

でももっと突き詰めて考えれば自分の価値や能力をたくさんの人に知ってもらいたい。一番重要な人(それは多くの場合両親ですが)に理解してもらう事が目的だったりもします。

もちろんですね。だからどんなに有名になっても両親の反応だけが気になったりする人もいるでしょう。

自分の価値や能力を証明したい。そうも言えます。それはやはり自分の価値に気がついてもらいたい、視線を、しかも尊敬の視線を注いでもらいたいと思う事につながっています。

そうです。ここでもやっぱり愛、が焦点になってきます。

愛を得るために「成功」を手にしたい。そう言えるでしょう。

それなら、「成功」を目指してひたすら努力するよりも微量の愛や恵みで過剰に反応して幸せになる方法を開発した方がずっと良いと思いますがどうでしょう。

でも世間ではそうではありません。それは一重にこの世の中では「成功」、すなわちお金を得たり名をなしたりする事が私たちを幸せに導くという信仰を持っているからです。

自分が満たされない理由、幸せでない理由を外側に求める考え方です。お金がないからだ、有名ではないからだ、何かを持っていないからだ、独身だから、などなど。

そしてこのシンプルな理論の間違いに気がつかないのはきっとこの「成功」、すなわちお金や名声を手にした人たちが極端に少ないためです。

だから、それさえ得れば幸せになれると信じる人が多くなるのだと思います。

そしてこの信仰は本当に根強く幸せになる方法を外側に求めるのが主流です。何かを得る事が幸せになる事だと私たちの大多数は信じています。

ある程度の「成功」を手に入れた人たちも、そのささやかな成功によって探し求めていた「幸せ」を感じなかった時点で、もっと大きな「成功」でないときっと幸せを感じないのだと決めるからだと思います。

そして更なる「成功」を求めて走り続けます。それはもっと大きな「成功」を手に入れれば幸せになれると信じるからです。

そして最大級の「成功」を収めた時に初めて幸せとはお金や名声に関係ないものだったんだ、と知る事になります。

自分の欲しかったものを全て得つくした時に初めてどうして自分は幸せでないのか真剣に考えるのです。

でもそのレベルの「成功」は一握りの人たちに起こるものです。

だから有名人たちが幸せとはお金や名声ではなかったのだ、などとコメントするのを耳にします。

ジム・キャリーは全ての人たちが成功して有名になるべきだ、そうすればそれが答えでないと分かるからとあるインタビューで言っていました。

でも私たちの大部分はまだお金や名声を十分得ていないから、幸せでないのだ、と信じ続けます。そして求め続けるのです。

自分で経験しないと理解できないものです。

私にもささやかながら自己経験があります。私がまだ結婚していた頃、もちろん私には夫がいたし、シンガポールでペントハウスに住み、住み込みのメイドさんは二人いました。

もちろんこの程度の「成功」など普通なのかも知れません。でも私は個人的にその頃から本格的にどうして自分はこの状況に満足できないし、幸せではないのだろうと真剣に考え始めたのです。

それから個人的に高所恐怖症という全く関係ないトピックで催眠療法を一度受けてから私の人生、そして人生観は180度変わり始めたのです。

物質的には8年ほど無職の状態から今はニューヨークでビジネスを展開しニューヨークでのラジオ生出演は12回、本は日米で出版しています。

これは私の能力が上がったからではありません。能力なんてものは生まれてからそう変わるものではないでしょう。

もちろん知識や技術は習得できるでしょうが才能や能力はそう変わらないと思うのです。

でも自分の能力や才能を自分で認識し、信じる。その時に初めて自分の才能をフルに使う事が出来るからです。

もちろんこれを潜在能力と言います。備わっている、持っているのに隠れている才能。それは自分がその可能性に気がついた時に花開くものなのです。

赤ん坊は一人では生き残れないからこそ愛される事は生き残りのために不可欠だったのです。そして愛を求める事は私たちのDNAに刻まれていると言いました。

でも大人になれば物理的には一人でも生きていけるはずです。幼子から成長する過程でどんどん「自立」を目指していく私たちです。

「自立」こそが素晴らしい事、とされています。一人でも生きていける事が実は私たちの目標なのです。

そうして次の世代を作り育てる。それが私たちの使命なのです。

自立して生きる。それは経済的な事だけではなく精神的にもです。

自立するとは精神的にも一人でも幸せだという事です。一人で大丈夫だという人たちはたくさんいるでしょう。

でも一人でも本当に幸せという人は少ないのではないでしょうか。そしてその理由は多分、自分の中にプログラムされた愛を必要とする習性なのかも知れません。

私たちの習性から大人になっても私たちの中のインナーチャイルドが愛を求めるのは当然と言えるかも知れません。

インナーチャイルドのセラピーをやるとそう思うのですが愛を注がれなかったと言う感覚が全くの誤解の場合は本当に多々あります。

インナーチャイルドはもちろん子供ですからたくさんの事を誤解するのです。恐怖だったりパニックに陥ったり。とにかく脳がまだ未熟で安定していない子供には誤解はつきものです。

あの時に笑われたのは自分のせいだとか。自分は情けない子供だったとか。とにかく色々な出来事をこの世の終わりのように感じるのが子供なのですから。

たくさんの、本当にたくさんのケースが誤解です。だからその場合は本当に眼からうろこ的に自己イメージの問題は解決します。

私たちの中に組み込まれた愛を必要とする本能。それはとてもややこしいものだと言わねばなりません。

そんな理由で私は実はどんな人にもインナーチャイルドのセラピーでインナーチャイルドの誤解を解く事は必要だと思っています。

先ほど言ったように子供というのはたくさんの事を誤解するものですからその誤解を正し愛を受けた事を認識するのは本当に重要だと思うのです。

しかしながら実際のところ虐待する両親だったり愛情を注げない両親だったりする場合も多々あります。

その人たちにはチャンスはないのでしょうか?

両親を責めたり両親のせいにするのは簡単です。そしてそう言った場合はインナーチャイルドが傷ついた理由は両親から愛を受けられなかった事が正当な理由なのかも知れません。

もしそうならその自分が求めても得られなかった愛を注げる両親を得られなかった事実からは逃げられないのです。

そしてたくさんの人たちが虐待を受けて育っている事は否めない事実です。

でももちろん誰にでも幸せになるチャンスはあります。これがインナーチャイルドのセラピーの醍醐味でもあります。

愛を注いでくれる両親を持たなかっても愛を注いで優しく接してくれる人がいる事に気がつくのです。

そしてそれは自分自身なのです。

自分は自分の最大のサポーターであり最大の愛を注いでくれる存在であるはずです。

自分に最高の興味を持ち、最高級の視線を注ぐ。そしてどんなに辛い時でも一人ではないと悟ります。

なぜなら自分からは決して見放される事はないのです。もっと言えば自分だけはどんなに振り払おうとも振り払えるものではありません。

どうしても振り払えない相手。1日に24時間、週に7日、一年に365日一緒である人が他にいるわけがありません。

しかも一生の付き合いなのです。そうであれば大好きである事が一番良い事です。

もし嫌えば避けられない相手だけにとても難しい事になり、あなたの人生は楽しくはなりません、絶対に。

それが自己愛だけは絶対の存在で、最強であると言わざるを得ない理由です。

自己愛があれば外からもらえる愛は十分なところへのケーキの上に乗った素晴らしいホイップクリームのようなものです。

あってもなくても良いものとも言えるでしょう。自己愛は生きるのに必要なパンや米ですが外からの愛はデザートなのです。

本当に必要なパンはもちろん自分からの最高の自分に対する愛情だと思いませんか。

どんな時も自分が自分の最高の応援者であるならそれは絶対であり裏切りや失望もありません。人にとやかく言われても自分だけは自分の味方なのです。

自分を最高に愛し、自分を信じて生きる。それが本当の意味での自立です。

自己愛がなければ外からの愛に頼るしか道はありません。自分以外の人に自分の運命を任せるのと同じです。

そして微量の愛にも敏感に反応し幸せを感じる心とは実は自分からの愛情を既にたっぷりと受け取っている人の心なのです。

素晴らしい1日を!